26 ICSC
(26th International Conference on Solution Chemistry)
に行ってきました。


座長を勤める岡田先生です。(クリックしても大きな画像はありません。)

Oral presentation.
"Relaxation dynamics of inhomogeneous spectral band width and average energy in various solute-solvent systems." K. Nishiyama and T. Okada.

Poster presentation.
"Concentration dependence of relaxation phonomena in binary solutions studied by optical Kerr effect spectroscopy." M. Suzuki, S. Nakashima, and T. Okada.

"Solvent dependence of the ultrafast ground state recovery dynamics of triphenylmethane dyes." Y. Nagasawa, Y. Ando, and T. Okada.

この学会で最も印象に残ったのは2次元ラマンをやっていたオランダのあるグループの敗北宣言でした。2次元ラマンについてはここを見て下さい。もちろんこの学会でも2次元ラマンの発表をするはずだったのですが、その内容は「今までのデータは全て2次元ラマンではなかった!」という衝撃的なものでした。さて、ここで2次元ラマンと呼ばれている5次の非線形光学現象の歴史について振り返ってみましょう。

1993年、ロチェスター大学のグループ(日本人博士研究員)が2次元ラマンの理論を発表。
1995年、日本の分子研のグループが2次元ラマンの測定に世界で初めて成功したと報告。
1996年、グローニンゲン大学のグループも2次元ラマンの測定に成功したと報告。
(ここまでの実験は色素レーザーの不安定性のためまだ完全な2次元ではない。)
1997年、シカゴ大学のグループがチタンサファイアレーザーを利用して初めて完全な2次元ラマンの測定に成功!
1997年以降、2次元ラマンは2次元NMRと同様な応用の広がりを振動分光学にもたらす可能性があるので学会の感心は一気に加速した!!

とまあ、ここまではよかったわけですがここに来ていきなりこの宣言になったわけです。それでは測定されていた信号はなんだったんでしょうか?5次の非線形光学信号を測定しようとするとどうしても3次の非線形光学信号の「cascading」と呼ばれる信号が混じってきてしまいます。3次の非線形光学現象が2度起ると5次の現象と区別がつかなくなってしまうのです。そこでどのグループも細心の注意をはらってcascadingを取り除こうとしてきました。しかし彼等は「parallel cascading」と名付けられた現象を見逃していました。今まで観測されてきたものはこの「parallel cascading」現象によりほとんど説明されてしまうというのです!「parallel cascading」に最初に気がついたのアメリカのグループだということです。

2次元ラマンはもともと畑違いの非線形分光屋が中心になって開発してきたものであり、古くからのラマン屋は冷ややかな態度を取っていました。アメリカのあるラマン分光の大御所は2次元ラマンに否定的な論文をいくつか発表しています。もともと禁制な過程が含まれる現象なのにシグナルが測定できたことをいいことに結果オーライ的な態度をとっていたことも問題があるでしょう。しかしこのような革新的な研究が簡単に敗北宣言を出してしまうとは残念です。

でも悪いことばかりではありません。まだ全ての結果が否定されたわけではないようですし、ほんとの2次元ラマンを測定できれば、世界初を名乗ることができるわけです。いくつかやり方はあると思います。

2次元ラマンニュース!
(このコーナーでは2次元ラマンに関する最新の風聞をこっそり掲載しています。

(2002/4/30)
Flemingが「2Dラマンのせいでたくさんの人が不幸になりました。」と言っていたとACUP2002で谷村さんに話したところ、「そんなことはないでしょ。あの論文のおかげで職に就いた人はたくさんいるんだから」みたいなことを言ってました。ごもっともです。2Dラマンのおかげで職に就いたポスドクは私の知る限り3人ぐらいはいるでしょう。

(2001/11/15)
さて、いまだにこのコーナーを見ている人がいるとは思えませんが、UPS2001で仕入れた情報を更新です。現時点で2Dラマンをやっているのは世界で2グループぐらいだと思われます。学会に行こう!で書いたとおり、UPS2001でFlemingは凝りもせず2硫化炭素の2Dラマンの話をしてました。Flemingが冗談で「Mukamelが5次の2Dラマンを発明してしまったおかげでたくさんの人々が不幸になりました。」というとMukamelも負けずに「私が新しい分光法を提案するたびに友達が減っていきます。」と言ってました。話の内容は、色々と偏光を変えて測定したところ、その結果が名古屋のグループが独立して行ったMD計算の結果とよく一致したということでした。どうもシュミレーションにたより過ぎな感じがします。またカナダのグループですが、diffraction opticsを使った2色(800nmと400nm)の2Dラマンを行っています。400nmの光を使うのは800nm一色だと散乱がひどくて測定できないからだそうです。しかし400nmの光を使うと多光子吸収で2硫化炭素が解離してしまうのが問題だそうです(裏情報)。

(2000/9/15)
現在世界で「今度こそ本物の5次の2次元ラマンが取れた!」と主張してるグループが3つあります。そのうち2つはdiffractive opticsを使ってヘテロダイン検出をしています。もう1つは位相整合条件を厳密に調整して測定しました。ただし取れたサンプルは今だに2硫化炭素のみです。3グループとも似たような結果が出てケンカもなく取りあえずめでたしめでたしといった所です。5次の2次元ラマンが取れたことは取れたらしいですが、結局エコーにはなってないみたいです。つまり2硫化炭素には不均一性はなく全く均一だったという落ちがついたみたいです。これから5次の2次元ラマンの応用が広がるかどうかはdiffractive opticsにかかっているようです。いくら位相整合条件を調整してもホモダイン検出では他の液体への応用は無理みたいです。2次元ラマンはあきらめて2次元 IRを始める人が多いようです。ちなみに3グループのうちの一つのデータはかなりcascadingが混じっているといううわさを聞きました。ヘテロダイン検出もやり方がうまくないと局所場(ローカルオッシレータ)にpump-probe信号のようなものが乗ってきてしまって、結局cascadingを見てしまうそうです。

(1999/10/30)
UPS99でアメリカと日本のグループの主張を聞いてきました。日本のグループの主張は(1)シュミレーションと合うか合わないかというのは判断基準にならない。ちゃんと濃度依存性のような共通の判断基準を確立し、それをもとに試験すべきだ。(2)測定条件の違いとして焦点距離が上げられる。アメリカのグループは焦点距離30cm程度のレンズを使っているのに対して、日本のグループは6cm程度のものを使用している。2次元ラマンとcascadingは濃度依存性と同様に試料の長さにも異なる依存性を示し、焦点距離の短い日本のグループは本当の2次元ラマンを測定していた可能性がある。といったものです。これに対するアメリカのグループのコメントは"If it looks like a duck, walks like a duck, and quacks like a duck, it must be a duck."でした... う〜む。

現時点でアメリカとカナダのグループから2次元ラマンの測定に関する新たな報告がありました。(カナダのグループについては人から聞いたものであり、確認はしてません。)カナダのグループは全てのビームをphase-lockした実験を発表したそうです。2次元ラマンとcascadingは位相が90°ずれているのでphase-lockしてheterodyne検出すれば、真の2次元ラマンを取ることができます。カナダのグループが一番乗りか?!と思ったのですが、カナダのグループは肝心のheterodyne検出をしてないそうで測定してるのは全部cascadingだそうです。アメリカのグループはcascadingの位相整合条件をできるだけはずしたビーム配置で測定を行い、その結果をUPSで発表してました。確かに今までのとはちょっと違ったシグナルが取れてました。このところをアメリカのグループに聞いたところ、確かにcascadingではないが真の2次元ラマンであるかどうかはまだはっきりしないというのが本音のようです。

ちなみにラマン過程だけでなく一回間に赤外吸収過程を入れるとcascadingは問題にならないそうです。このような方法で測定を成功させたのはJ. Wright博士だそうです。まだ論文は調べたことはないのでこれ以上は知りません。

(1999/10/16)
現時点で日本のグループはまだ自分達の測定したのは2次元ラマンだったとがんばっています。その根拠は信号強度の濃度依存性です。5次の信号ならその強度は濃度の自乗に比例するのに対し、cascadingなら4乗に比例するはずなのです。これは5次の信号は1つの系からの信号であるのに対し、cascadingは2つの独立した系からの信号だからです。そして日本のグループは彼等の信号強度は濃度の自乗に比例しているので本当の2次元ラマンだと主張しています。ただし私個人の意見としてはこの主張は薄弱であると思います。なぜなら(1)cascadingは避けられない現象であるのになぜ信号はきれいに自乗に比例したのか?cascadingが混ざっていれば自乗と4乗の間のような依存性を示すのではないか?(2)2次元ラマンの信号がなぜcascadingのみを考慮したシュミレーションできれいに再現できてしまうのか?(3)3グループのうちなんで自分達だけが測定に成功したのか?他のグループとは違う特別なことをしているのか?

ここまでの話はみんな二硫化炭素についての実験です。クロロホルムと四塩化炭素についても実験はされており、その分子内振動の2次元ラマン信号についてはcascadingのみでは説明が付かないのだそうです。

参考文献:David A. Blanck et al., J. Chem. Phys. 111, 3105, (1999).


home