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研究内容


X線結晶構造解析によって世界ではじめて単離、構造決定されたC-型および N-型遷移金属シアノカルバニオンの異性体の分子構造


3Dビューアー

 

 


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RuCp(NCCHSO2Ph)L2錯体におけるホスフィン配位子の好む配位様式とコーンアングルとの関係。 立体障害を大きくすれば、触媒活性の高い窒素結合型が安定化する。



X線結晶構造解析によって決定された配位2量体[Ru+Cp(NCC-HSO2Ph)(PPh3)]2の分子構造

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カルバニオン化学


有機化学にとって必須の化学種カルバニオン。その構造や反応性は本当に理解されているのか

カルバニオンは炭素-炭素結合形成反応にとって必須の化学種です。 初年度の教科書でも、アセチルアセトン、マロン酸エステルやシアノ酢酸エステルのような酸性度の高い活性メチレン化合物が、 安定なカルバニオンを形成して種々の炭素親電子剤と反応させることでアルキル化やアルドール反応やマイケル反応が行えることを述べています。

有機化学というのは、炭素の持つ普遍的物性、反応性を概説する側面があるので、カルバニオンというのは、陽イオンのほうは、Li でも Na でも価数さえあっていればなんでもいいことになっています。 書かなくても、いや書かないほうが試験では100点。どこに存在するのか考えるなどというのは有機化学で扱わないこと、扱えば細かい議論になってしまうとでも考えて意識的に論外としてきました。 誰に聞いても「それがどうした。大体アニオン近傍に存在するに決まっとる。それで親電子剤が近づくと反応するのだ。矢印はこう書く。これが最も大切なのだ(図1)。」 でも、有機化学の立場をとるものなら本当にそうした単純な有機電子論だけでいいのか。いつまでも簡単な教科書の分かりやすい記述にとらわれて100年も無思考で、 これからの高度な社会の要請にマッチする有機化学や触媒反応が創造できるはずがない。

           図1. 有機化学が教えるマイケル付加の機構:それはそうだが、
           この程度の認識のままで本当にいいのか?

  



シアノカルバニオンの構造はどうなっている。はじめての炭素結合型と窒素結合型の完全異性体の作り分けに成功

皆さんは、例えばシアノ酢酸エステルのカルバニオンの陽イオンがシアノ酢酸エステルアニオンのどのあたりにあるのか知っていますか。 こんな単純なことすらはっきりした回答がなかったのです。 シアノカルバニオンのLi塩のX線は、工夫して結晶中で多点安定化させて得られたものなので、重要な情報を与えてはくれません。 我々は、シアノカルバニオンの構造と動的挙動の相関の本質を知るため、まず、炭素結合型錯体と窒素結合型錯体の異性体(図2)をつくり分け、 その構造とカルバニオンとしての反応性を検討しようとしました。 炭素結合型と窒素結合型の完全な異性体のペアは、これまで一度も合成されたことがなく、 その合成には困難を極めましたが、我々は、陽イオンとして遷移金属のルテニウム、カルバニオン部位にフェニルスルホニルアセトニトリルを用いた場合、 この両者が適度に安定化することを見出し、これらの完全な異性体の作り分けに初めて成功しました。 X線結晶構造解析によりこれらの分子構造をみると、炭素結合型はほぼ完全な金属-炭素σ結合を持つα-金属化ニトリル構造を、 また窒素結合型は、完全なend-on配位に基づくzwitter ion電子状態を有する典型的構造を持つことが示されました。


             図2. シアノカルバニオンの2つの異性体
             炭素結合型および窒素結合型

  

       図3. RuCp[CH(CN)SO2Ph](dppm)およびRu+Cp(NCCHSO2Ph)(PPh3)2
       分子構造:C-型とN-型錯体の分子構造をはじめて明確化

  



炭素および窒素結合型異性体の興味深い動的挙動

完全な異性体が安定に存在する系だからこそ、面白い動的挙動が手にとるように見えてくる。 この炭素結合型錯体と窒素結合型錯体は、相互変換が起こることがわかりました。 さらに、この異性化の方向が、外部配位子によって制御できることも判明しました。 例えば、PPh3やdppfを配位子に持つC-型ホスフィン錯体は、加熱するとほぼ定量的にN-型錯体に不可逆的に異性化します。 一方、PMe2Phやdppmを配位子にすると、N-型は不安定で、C-型に不可逆的に異性化するという劇的な変化が起こります(図4)。 包括的な検討の結果、この傾向は、配位子の電子的影響ではなく立体的影響が大きく効いている事が判ってきました。 実際コーンアングルの大きなホスフィン配位子ほどN-型が安定で、小さな配位子ではC-型が安定です。 最近の研究で配位子の電子的環境を大きく変えることによっても、この異性体を制御できることが判っています。 アニオン本来の性質を遠い位置の金属の電子状態を変えることで遠隔操作した点が重要です。

図4. C-型およびN-型シアノカルバニオンの外部からの制御

  

研究を深めていった結果、図らずもC-型とN-型カルバニオンを外部から自由に制御できるようにまでなったわけですが、 今度はこの動的な挙動の機構がどうなっているのだろうかということが気になってきます。 だって、N-型からC-型に異性化するということは金属の立場から考えると、普通の linkage isomerization と言われる配位子間での金属の1,3-移動とはかなり異なり、その移動距離が長すぎるのです。

そこで反応機構を確定する目的でN-型錯体Ru+Cp(NCCHSO2Ph)(PPh3)(t-BuNC)のC-型錯体RuCp[CH(CN)SO2Ph](PPh3)(t-BuNC)への異性化反応の速度論的検討を行った結果、 この異性化は、きれいな不可逆1次反応で進行し、その一次反応速度定数が、いかなる溶媒や、強い配位子の影響も受けないことがわかりました。 この事実によりN-型錯体から配位不飽和な16電子状態を生成することでカルバニオンが外圏へ移動し、その後リバウンドしてC-型を生成する機構が否定され、 金属はニトリルのside-on配位を経由して金属のニトリルCCNπ平面上を滑っていく興味深い動きによって異性化を達成することが明らかになりました(図5a)。 やはり金属は、これほどの電子の固まりをぬけてそう簡単にその影響を完全に振りほどいて16電子状態になり外圏に出ることはなかった。 当初の目論見どおりの、でも面白い結果です。ポイントはend-onからside-onに移行するところ。 煙突のてっぺんに登っていた人がはしごをつたって降りはじめるような大変なモーションを要求される段階です。 きっとここが律速段階で、その駆動力はM-N-C結合角を120度に取りうるアザアレン構造(M-N=C=C)と考えられます。

C-型からN-型への異性化では、さらに興味深い挙動が観測できました。 C-型錯体RuCp[CH(CN)SO2Ph](PPh3)2からN-型錯体Ru+Cp(NCC-HSO2Ph)(PPh3)2への異性化の速度論研究より、 この異性化は上記同様の金属の長距離移動による分子内機構とともに、 配位2量体[Ru+Cp(NCC-HSO2Ph)(PPh3)]2の生成(図5)と開裂による分子間プロセス(図6)により進行していることが判りました。 これらは、どちらもlinkage isomerizationにおける前例のない動的挙動で、錯体化学の分野においても重要な知見を得ることになりました。


図5. C-型からN-型への異性化に関与する自己組織化錯体

  

                図6. 異性化の新形式反応機構
                (a) 金属すべり機構(分子内プロセス)
                (b) 自己組織化関与(分子間プロセス)

  



カルバニオン研究の本題:炭素―炭素結合形成の反応性と触媒能

これらカルバニオン錯体のうちN-型錯体は、ニトリルとカルボニル化合物とのアルドール型(Knoevenagel)反応やニトリルと電子吸引性置換基を有するオレフィンとのマイケル型反応における効率のよい触媒となることが判明しました。


図7. N-型シアノカルバニオンはニトリルの基本的炭素炭素結合
形成反応の触媒となる

  

一方、C-型錯体には全く触媒活性がありません。これらの研究以前はGrignard型の構造を有するC-型錯体に、 高い活性があるとも考えられていましたので、この系統的な検討結果はニトリルのアルドール反応や マイケル反応にとって、極めて重要な知見を提供することになりました。我々はN-型錯体の高い 触媒活性に関して、基礎、応用の両面からオリジナルな研究を続けています。これらは 「ニトリルC-C結合」の項目をご覧ください。