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  • 研究成果 > 論文解説 » 「酸素分子によるBaeyer-Villiger酸化法」

論文の詳細解説

An Aerobic, Organocatalytic, and Chemoselective Method for Baeyer-Villiger Oxidation,
Y. Imada, H. Iida, S.-I. Murahashi and T. Naota, Angew. Chem. Int. Ed., 44, 1704-1706 (2005).


酸素分子による、有機触媒を用いた、しかも化学選択的なBaeyer-Villiger酸化法

酸化反応のうち酸素分子を直接有機化合物に取り込む酸素酸化反応は、将来の工業プロセスにも利用可能な環境調和型分子変換反応として注目を集めています(文献1参照)。中でも有機分子を触媒として用いる酸素酸化手法の開発は緊急性の高い課題のひとつです(文献2参照)。有機分子触媒による酸素酸化反応は、従来広く用いられてきた高酸化状態の遷移金属錯体を用いる手法に置き換わる新しい手法となると期待されています(文献3参照)。ところがこれまでに有機分子触媒を用いる酸素酸化反応としては、安定なラジカル触媒を用いる多段階ラジカル移動反応(文献4参照)と光触媒を用いる光誘起電子移動反応(文献5参照)によるシステムが報告されているだけです。

最近、私たちは肝臓に存在するモノオキシゲナーゼの機能(文献7参照)のシミュレーションから、新しい有機分子触媒によるヘテロ原子化合物の酸素酸化反応を開発しています(文献6参照)。この新しいシステムは、高い酸化活性を有するフラビンヒドロペルオキシド(文献8, 9参照)を酸素分子の直接的な活性化により生成する過程を含んでいるため、この原理を利用すれば様々な選択的酸素酸化反応の開発が可能になると考えられます。この酸素分子活性化システムの応用例の一つとして、私たちは有機分子触媒を用いる酸素酸化によるBaeyer-Villiger反応を開発しました。この反応は有機分子触媒と酸素分子の組み合わせでBaeyer-Villiger反応が行えることを示した初めての例であると同時に、これまでに例のないケトンに対する高い官能基選択性を発揮できることが大きな特徴です。

【環状ケトンからラクトンを生成する反応の一般式はオリジナル論文の式1を参照】

Baeyer-Villiger反応はケトンに対する求核的な酸化的分子変換反応であり、過酸化物や過酸を用いる当量反応(文献10参照)や触媒反応(文献9a, 9b, 11, 12参照)により効率よく進行することが知られています。酸素分子を用いる酸素酸化条件でのBaeyer-Villiger反応は、金属触媒を用いるラジカル連鎖反応によりアルデヒドから過酸を生成する反応系に限られており(文献12参照)、これまでに有機分子触媒を用いるBaeyer-Villiger反応に成功した報告例はありません。また、これまでに知られているBaeyer-Villiger反応では、スルフィドやアミンなどのヘテロ原子化合物やオレフィンなどへの求電子酸化に対してケトンへの求核酸化の選択性が低いことが大きな問題となっています。特に、酸化活性種であるペルオキソ中間体の求電子的性質が強いために、ヘテロ原子化合物の存在下でBaeyer-Villiger反応を選択的に進行させる触媒反応はこれまでに報告されていません。オレフィンのエポキシ化反応に耐性を持つ触媒的Baeyer-Villiger反応はいくつか報告されていますが(文献13参照)、いずれの場合も酸化活性種の強い酸化力のためにヘテロ原子化合物の求電子酸化を抑えることには成功していません(文献14参照)。今回報告する新しい方法論を用いればこれまで解決できていなかったBaeyer-Villiger反応における問題点を解決することが可能で、これにより高い選択的と高い実用性を併せもつ環境調和型の酸化的分子変換手法の開発が可能となりました。

常圧の酸素雰囲気下、3-(2-naphthyl)cyclobutanone(1)、亜鉛粉末(1.5当量)、フラビン触媒をアセトニトリル/酢酸エチル/水(8:1:1, v/v)の混合溶媒中で攪拌することにより反応を行い、電子的特性の異なる一連のフラビン触媒の触媒活性を検証しました。フラビン触媒を用いるヘテロ原子化合物の求電子酸化反応(文献6参照)では電子的特性に依存して異なる触媒活性を示しましたが、今回の求核的酸化反応では3,10-dimethyl、3,7,8,10-tetramethyl、3-methyl-10-phenylなどの置換基を有する種々の5-ethylisoalloxazinium perchlorate触媒がいずれも高い触媒活性を発揮することがわかりました。特に、市販のビタミンB2から簡便に合成することの出来る5-ethyl-3-methyl-2’4’:3’5’-di-O-methyleneriboflavinium perchlorate([DMRFlEt]+[ClO4]-)がこれまで一般的に使われてきた3,7,8,10-tetramethylflavin触媒と比較しても遜色のない高い触媒活性を発揮することから、これを触媒として用いることによりフラビン触媒の合成にかかる労力(文献15参照)を大幅に軽減できるようになりました。亜鉛粉末はフラビン触媒を活性化する効率の良い還元剤として働きます。水はこの反応系ではプロトン源として必須で、水を含む混合溶媒の使用でのみ相当するラクトンの生成が可能です。

【酸素酸化条件でのBaeyer-Villiger反応の代表的な例はオリジナル論文の表1を参照】

基質の1.0 Mアセトニトリル/酢酸エチル/水(8:1:1, v/v)溶液を触媒(2 mol%)、亜鉛粉末(1.5当量)および酸素(1気圧)の存在下、60 °Cで攪拌することにより種々の置換シクロブタノンは相当するラクトンに効率よく変換されます。副生成物は不溶性の水酸化亜鉛のみであるため、生成物はろ過と抽出によって簡単に単離することが出来ます。また必ずしも酸素を用いる必要はなく、空気中で反応を行うことも可能です(表1、反応例3参照)。二環性のケトンを同様条件で反応させると、“expected lactone”と“unexpected lactone”の2種類の位置異性体ラクトンの混合物が得られます(表1、反応例8, 9参照)。これらはいずれもプロスタグランジンやフェロモンなどの生物活性物質の合成中間体として重要な化合物です(文献16b参照)。従来型のBaeyer-Villiger反応ではCriegee転移における一般的な電子的要因によって “expected lactone”のみを生成するのが一般的ですが(文献10, 11参照)、Flavoenymeの一種であるBaeyer-Villiger monooxygenaseも同様な選択性を示すことが知られています(文献16参照)。

今回報告する新手法の特徴的な点は、他の官能基の存在下でケトンに対する官能基選択的Baeyer-Villiger反応が進行することです。実際、cyclobutanone 1とcycloocteneの等量混合物のフラビン触媒を用いる酸素酸化反応は、cyclooctene oxideを生成することなくBaeyer-Villiger生成物2を優先的に生成しました(Scheme 2、式2参照)。1とmethyl p-tolyl sulfideの等量混合物を同様条件で反応させると、Baeyer-Villiger生成物2が大変高い選択性で生成しました(Scheme 2、式4参照)。分子内に反応性の高いヒドロキシル基やオレフィンを有する基質の反応においてもこれらの官能基は全く反応しませんでした(表1、反応例8, 9参照)。このような官能基選択性は酵素反応では見られることがありますが(文献16b参照)、酵素反応以外では大変稀な例で(文献14参照)、特にヘテロ原子化合物の存在下で官能基選択的に求核的なBaeyer-Villiger反応を進行させる触媒反応としては初めての例となっています。Baeyer-Villiger反応でごく一般的に用いられるmCPBAを用いた場合でも、今回のようなケトンに対する高い官能基選択性は観測されませんでした(Scheme 2, 式3, 5参照)。さらに、フラビン触媒を用いる過酸化水素を酸化剤とする酸化反応(文献9a, 9b参照)ではケトンの求核的酸化に対して高い官能基選択性は得られず、スルフィドの酸化が優先する結果となりました(Scheme 2, 式6参照)。

【フラビン触媒を用いる酸素酸化条件での1とcycloocteneの競争反応(式2)、mCPBAを酸化剤とする同競争反応(式3)、フラビン触媒を用いる酸素酸化条件での1とmethyl p-tolyl sulfideの競争反応(式4)、mCPBAを酸化剤とする同競争反応(式5)、フラビン触媒を用いる過酸化水素酸化条件での同競争反応(式6)はオリジナル論文のScheme 2を参照】

今回報告した反応は、先に報告しているヘテロ原子化合物の酸素酸化反応と同様、高い反応性を有する4a-ヒドロペルオキシフラビン中間体(FlEtOOH)の生成と基質への酸素添加によって進行していると考えることが出来ます(文献6参照)。フラビンカチオン(FlEt+)は亜鉛により2電子還元を受けて還元型フラビン(FlEt-)を生成します(文献17参照)。FlEt- 中間体とそのセミキノンラジカル種(FlEt)は[DMFlEt]+[ClO4]-と亜鉛の反応を紫外可視吸収スペクトルで解析することにより確認することが出来ます(文献18参照)。次いで、FlEt- が酸素分子を取り込んでフラビン4a-ペルオキシアニオン(FlEtOO-)を生成し(文献19参照)、これがケトンに対する求核酸化を行い相当するラクトンを与えます。ここで生成したFlEtOHの脱水によりFlEt+が生成し、触媒サイクルを形成しています。本反応系で官能基選択的なBaeyer-Villiger反応が可能となる理由は、中性の反応溶媒とペルオキシアニオン中間体の高い求核性(文献20参照)によるものと考えることが出来ます。実際、酸性度の高いトリフルオロエタノールを混合溶媒に用いた反応では官能基選択性は大幅に低下しました。さらに詳細な反応機構の解明と他の酸素酸化反応への応用に向けて研究は現在進行中です。