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  • 研究成果 > 論文解説 » 「フラビン触媒によるジイミド発生法」

論文の詳細解説

Flavin-Catalyzed Generation of Diimide: An Environmentally Friendly Method for the Aerobic Hydrogenation of Olefins,
Y. Imada, H. Iida and T. Naota, J. Am. Chem. Soc., 127, 14544-14545 (2005).


フラビン触媒によるジイミド発生法:環境にやさしい、オレフィンの酸素による水素化

環境調和型の新しい触媒的水素添加手法の開発は、 従来型の水素ガスを利用する水素添加法に置き換わる可能性のある重要な研究課題のひとつです(式1参照)(文献1参照)。 これまでにも有機水素供与体(DH2)を水素源として用いる遷移金属錯体触媒反応(文献2参照)や有機分子触媒反応(文献3参照)が開発されています(式2参照)。 これらの反応は従来型の水素ガスを用いる手法と比較すると安全で簡便な利点がありますが、等量の有機廃棄物(D)を生成することが問題となっています。 これらの問題点を解決するために私たちはフラビンの酸素酸化触媒機能(文献4参照)とジイミドの還元能力(文献5参照)を融合させた新しい水素添加法を開発しました。 この速報で、私たちははじめての環境調和型の実用的な酸素による水素添加反応「Aerobic Hydrogenation」について記述しています。 この反応は酸素雰囲気下で有機分子触媒を用いて行うことが可能で、 さらに環境に悪影響を与えない水と窒素分子のみを廃棄物として生成する環境調和型の水素添加反応です(式3参照)。

【水素ガスを水素源とする金属触媒反応の一般式はオリジナル文献の式1を参照】
【水素供与体を水素源とする金属触媒反応あるいは有機分子触媒反応の一般式はオリジナル文献の式2を参照】
【ヒドラジンを水素源とする有機分子触媒反応の一般式はオリジナル文献の式3を参照】

ジイミド(HN=NH)は温和な条件で使用することのできる還元剤で、種々の対称不飽和結合を選択的に水素添加することができます(文献5参照)。 この水素添加法は窒素ガスを唯一の廃棄物として生成することから、環境調和型のプロセスへと発展する可能性があります。 しかしジイミドは強力な還元剤であるため、ジイミド同士の速い不均化反応により窒素分子とヒドラジンへと分解してしまいます。 このため、ジイミドは反応系中で生成して反応に用いる必要があります(文献6参照)。 したがって、反応を完結させるためには通常は大過剰のジイミド前駆体を用いる必要があります(文献5参照)。 ヒドラジンの触媒的な酸素酸化反応は理想的なジイミドの生成法と考えられますが(文献7参照)、 これまでに報告されている反応では10当量から400当量もの大過剰のヒドラジンを用いる必要があるため環境調和の観点からは問題があります(文献8参照)。 私たちはジイミドを効率よく生成する新しい手法の開発のために、私たちがすでに有機化合物の触媒的酸素酸化反応でその実用性を示したフラビンの酸化還元機能(文献4参照)を利用することにしました。 この新しい手法で生成したジイミドは不均化反応することなく、わずか1当量のヒドラジンと常圧の酸素を用い有機分子触媒によるオレフィンの水素化反応を構築することができます(式4参照)。 この反応は、水素ガスを用いる従来型の反応に代わる、高効率で、安全で、簡便で、経済的なオレフィンの触媒的水素添加手法を提供します。

【ヒドラジンを用いるフラビン触媒による酸素酸化-水素添加反応の一般式はオリジナル論文の式4を参照】

酸素酸化-水素添加反応の典型的な手順を1-decene(1)の還元を例に説明します。 1(140 mg, 1.0 mmol)、5-ethyl-3,7,8,10-tetramethylisoallloxazinium perchlorate(2, FlEtClO4, 4.0 mg, 0.01 mmol)、 およびヒドラジン水和物(60.1 mg, 1.2 mmol)のアセトニトリル(4.0 mL)溶液を酸素雰囲気下(1気圧、酸素風船)、25°Cで4時間攪拌して反応を行います。 ペンタン抽出(10 mL × 3)の後、有機層を飽和食塩水で洗浄、Na2SO4で乾燥、減圧下で濃縮することにより、decane(142 mg, 99%)を無色液体として得ることができます。 一連の官能基を有するisoallloxazinium perchlorateの酸素酸化-水素添加反応における触媒活性を検討したところ、FlEtClO4(E0'=306, -389 mV)が最も高い触媒活性を示しました。 5-ethyl-7,8,10-trimethyl誘導体(E0'=316, -323 mV)および5-ethyl-3-methyl-10-phenyl誘導体(E0'=427, -274 mV)を触媒として用いる反応では中程度の収率で生成物が得られました。 しかし、電子的不足の7-cyano-5-ethyl-3,10-dimethyl誘導体(E0'=512, -177 mV)およびDMRFlEtClO4(E0'=322, -364 mV)(文献4b参照)などのかさ高いフラビンを触媒とする反応では満足な結果は得られませんでした。 溶媒としてはアセトニトリルが最も良い溶媒であることが判りましたが、DMSOやDMFなどの高極性溶媒を用いることもできます。 フラビン触媒によりヒドラジンの分解が抑制される本反応における特徴的な現象は、1 mol %の触媒を用いる標準条件で、1当量のヒドラジンによる9-decen-1-olの反応で証明することができます。 すなわち、CuSO4を触媒とする反応では反応完結後にほぼ半分のヒドラジン(46 mol %)が窒素分子に変換されるのに対し、フラビン2を触媒とする反応ではわずか13 mol %のヒドラジンが不活性化されているにすぎません。

【フラビン触媒を用いるオレフィンの酸素酸化-水素添加反応の代表的な例はオリジナル論文の表1を参照】

酸素酸化-水素添加触媒反応は、フラビン触媒の還元、酸素分子の取り込み、酸素原子添加を鍵とする反応機構で進行していると考えることができます(Scheme 1参照)(文献4参照)。 ヒドラジンの高い利用効率を説明するために、私たちはフラビン-ジイミド複合体の形成とこの複合体によるオレフィンの直接水素化機構を提案しています。 すなわち、フラビニウムカチオン(FlEt+, 2)がヒドラジンにより還元され、還元型フラビン-ジイミド複合体3を形成します。 その後、この複合体がジイミドを遊離するより速くオレフィンを水素化します。この無酸素脱水素プロセスの存在は、アルゴン下での9-decen-1-olと0.2 当量のFlEtClO4 の反応で確認することができます。 この反応では反応終了後にフラビンと等量の1-decanol(19%)と還元型のFlEtH(文献9参照)が生成します。 オレフィンの還元後に遊離したFlEtH 4は酸素分子を取り込み4a-hydroperoxyflavin(FlEtOOH 5)を生成します(文献10参照)。 FlEtOOH 5によるヒドラジンへの酸素原子添加とそれに続く脱水反応によりFlEtOH-ジイミド複合体6を生成し、これがもう1分子のオレフィンの水素化を行います。 その後、FlEtOH 7の脱水反応によりFlEt+ 2を再生して触媒サイクルが完結します(文献11参照)。 このように無酸素過程でのヒドラジンの脱水素反応と酸素酸化過程によるヒドラジンの酸素添加-脱水の2つの過程によって、1当量の酸素分子で2モル当量の水素化生成物が生成します(式3参照)。 このScheme 1の等量関係は実験的に確認することができます。つまり、標準条件で0.33 mmolの酸素分子によって0.7 mmolの9-decen-1-olを水素化することができます。

【反応機構はScheme 1を参照】

フラビン触媒反応のもうひとつの特徴は先例のないヘテロアトム化合物の酸素添加反応のスイッチング制御が可能な点です。 例えば、phenyl allyl sulfide(8)をアセトニトリル溶媒中標準条件で反応させると、スルフィドが酸化されることなくphenyl n-propyl sulfide(9)が選択的に生成します(式5参照)。 一方、同様の反応を酸性のCF3CH2OH溶媒中で行うと、phenyl n-propyl sulfoxide(10)が単一生成物として得られます。 非プロトン性溶媒中での9の選択的な生成は、ヒドラジンのα-効果(文献12参照)のためFlEtOOH 5によるヒドラジンの親電子酸化が速く進行することに由来しています。 生成物の選択性の劇的な変化は酸性溶媒中でのヒドラジンの求核性の低下に由来しており、 そのため触媒サイクルにおける酸素酸化過程でヒドラジンの酸素添加よりもスルフィドの酸素添加反応(文献4a参照)が優先的に進行するためです。 これは酸素添加反応と還元反応が同時に進行する大変稀な例です。反応の全容解明に向けて研究は進行中です。

【フラビン触媒によるアセトニトリル溶媒中での8の水素添加反応はオリジナル論文の式5を参照、CH3CH2OH溶媒中での酸素添加-水素添加反応はオリジナル論文の式6を参照】