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  • 研究成果 > 論文解説 » 「金属化ペプチドの超音波応答集合」

論文の詳細解説

Ultrasound-Induced Gelation of Organic Fluids with Metallated Peptides,
K. Isozaki, H. Takaya, and T. Naota, Angew. Chem. Int. Ed., 46, 2855-2857 (2007).


金属化ペプチドによる有機流体の超音波応答性ゲル化

刺激応答性の分子集合は集合体の物性と機能の精密制御に関する将来に向けての技術として精力的に 研究されています(文献1-3参照)。最近、少量の洗濯ばさみ型の2核パラジウム錯体をゲル化剤に 用いたとき、超音波の照射が安定な有機流体が瞬間的にゲル化するためのトリガーとして働くことが 発見されています(文献4,5参照)。ここで超音波は、この錯体の分子内π-スタッキング相互作用を 開裂させて、相互にはめこまれた形のスタッキング相互作用を通した速い自発的な集合を誘起します。 今回我々は、新しくデザインした金属化ペプチド1aを用いることで、この セルフロックインターロックの切り替えを水素結合による分子集合体で行うことに成功しました。 この仕事は、特にペプチドによるナノ構造体(文献1c-f,2c,6)を含む水素結合型の刺激応答性分子集合 (文献1b-f,2b-d)の創成の新しい技術を提供するものとして期待されます。 この論文では、パラジウム結合型ペプチドの超音波応答性ゲル化と音響要素で チューニングされる分子集合の精密制御に関して述べます。

【化合物1-4の分子構造は、オリジナル文献をご覧ください。】

ジペプチド1a (n = 2, X = Cl)の均一な1.50 x 10-2 M酢酸エチル溶液に短い 超音波0.45 Wcm-2, 40.0 kHz, 60s)を照射すると、溶液は安定な不透明ゲルに変わります(図1)。 このゲル化は、超音波を外部刺激に用いたときだけ観測され、超音波を照射しないと、 自発的な分子集合や前ゲル状態の生成は起こりません。超音波をかけないサンプルを冷却あるいは 長時間静置すると、少量の非晶質固体や結晶が析出してくるだけです。超音波で生成したゲルは 安定ですが、加熱して室温で冷やすと元の安定な溶液に戻ります。この切り替え可能なゾル-ゲル相転移は、 エステルやクロロベンゼンを溶媒に用いたときだけ起こり、ベンゼン、トルエン、アセトン、 アセトニトリルのような他の溶媒では、濃度や超音波照射条件を変えてもゲル化しません。 塩素配位子と短いメチレンスペーサーはこのスイッチングゲル化に不可欠な要素であることがわかりました。 例えば、NCS錯体1bやスペーサーの長いクロロ錯体1cはどのような有機溶媒もゲル化しません。 また、アミノ酸2、トリペプチド3、テトラペプチド4の有機溶媒の溶液も同様の超音波照射条件下で安定です。

【図1. 1a の1.50 x 10-2 M 酢酸エチル溶液の25℃での可逆ゲル化。超音波(0.45 Wcm-2, 40.0 kHz, 60 s)照射直前a)および直後b)の溶液の様子。写真はオリジナル論文をご覧ください。

1aの7.00 x 10-3 M D化酢酸エチル溶液の超音波(0.45 Wcm-2, 43.5 kHz)照射後の 25℃でのゲル化の速度論研究を1H NMR (500 MHz)分析により行いました。その際、 一般的なゲル化(文献7参照)同様に、ゾルおよびゲル相で、分子運動の激しい、 集合していない1aだけが観測されます。すべてのゲル化プロセスにおける1aの濃度の時間依存性は、 ゲル化が超音波照射直後から起こり、1aがほぼ完全に消費されるまで続くことを示しています(図2)。 1aの消失の速度は、1aの濃度に対してクリアな一次依存(R2 = 0.990-0.996)を示しています。 図2bに示すように25℃では、kobsは超音波照射時間(tsonic)に対して直線関係(R2 = 0.994) を示しています(tsonic = 80 sのとき5.00 x 10-2 s-1, tsonic = 100 s のとき、8.09 x 10-2 s-1, tsonic = 120 s のとき、1.21 x 10-1 s-1)。クリアな一次依存性を示す速度論とkobs対tsonicの直線性は、 ゲル化が超音波で誘起される開始段階とその後の成長段階により構成されていることを強く示唆しています。

【図2. a) 25℃での1aの7.00 x 10-3 M D化酢酸エチル溶液の超音波(0.45 Wcm-2, 43.5 kHz) 照射後のゲル化における-ln[1a]非集合/[1a]0)の時間依存性。b) kobsと超音波照射時間の関係。  グラフはオリジナル文献をご覧ください。】

最も重要なこととして、この集合体の耐熱性は超音波照射時間の微調整で精密に制御できる ということが挙げられます。図3に5.0 Kmin-1の速度で行った1aの非晶質固体とキセロゲルの 典型的な示差走査熱量分析(DSC)の結果を示します。キセロゲルのサンプルは、 1aの1.50 x 10-2 M酢酸エチル溶液を25℃で15から60秒の超音波照射を行って作成しました。 これらの熱分析結果は、80.0℃(12.5 kJmol-1、非晶質固体)、106.0℃(29.6 kJmol-1, tsonic = 15 s)、 110.0℃(29.9 kJmol-1, tsonic = 30 s)で吸熱ピークを示しています。つまり、 超音波照射時間の長いキセロゲルは、超音波非照射あるいは短時間照射のサンプルに比較して 高い温度で吸熱ピークを示す傾向にあります。この前例のない耐熱性制御は、超音波で集合の 初期ドメインが生成しており、それがゲル繊維の高次構造を決定づけるためであると考えられます。

【図3. 1aのDSCプロファイル;非晶質固体(黒線)、15-60秒の超音波(0.45 Wcm-2, 40.0 kHz) 照射後のキセロゲル(色つき線)。グラフはオリジナル文献をご覧ください。】

白金で蒸着したキセロゲルのSEM画像は、錯体1aが大体厚さ200nm、最大長7.5 μmの 帯状構造体に集合しており、これらがネットワークを形成していることを示しています。 ここでは、およそ4 nmの厚みの薄層がこのラミネート構造の最少ユニットとして観測されています (図4)。AFMでも同じレベルでの厚さ3.5 nmの長く薄いユニットが観測されます。 これらの厚みは、コンピュータによる分子モデリングで見積もられるβシートでの1aの最大分子長 (3.3 nm)とよく一致しています。ゲル相における1aのβシート単層のラメラ型集合は、 4.3と32.2 Å(2θ= 20.1, 2.67°)のXRDパターンから、明白に同定できます。 前者の値は、βシートの典型的なストランド間距離(文献1d,e参照)を、後者は前述のβシートの厚みを示しています。

【図4. βシート単層のラメラ構造を示すキセロゲル1aのSEM画像(スケールバー200nm)】

このゲル化の機構の詳細を明らかにするために、一連のメタル化アミノ酸およびペプチド1-4の溶液中での 動的挙動を分光学的手法で分析しました。CDCl3中での1aの1H NMR (920 MHz)分析から、2つの独立した パラジウム部位のCH=Nの2重線シグナルはともに低磁場(δ= 8.16, 8.17 ppm)に現れ、一方トリペプチド、 テトラペプチド3,4では、2つあるいは3つのCH=Nプロトンだけが8.17ppmまでシフトするものの、 残りは8.13 ppmに残ることがわかりました。このようなCH=Nプロトンの低磁場シフトは1b,1cでは現れません。 920 MHz でのNOESY実験に基づく詳しいdistance geometry分析の結果、これらのメタル化ペプチドは、 溶液中で塩素原子とそのとなりの窒素上の水素原子との分子間水素結合によって固定された特異的な らせん構造を形成していることが明らかになりました。つまり、ジペプチド1aの2つの塩素配位子は 2つの隣接するアミドの水素原子に分子間的に補足されています。

このゲル化は、開始段階と成長段階のある集合重合(文献4参照)とでも言うべき機構によって 進行するものとして理解できます。1aの塩素配位子の分子間水素結合は、このペプチドが水素結合に よって分子間で自己組織化することを阻害しています。超音波照射はこの自己ロックを開放させ、 準安定な初期集合体の生成を誘起します。超音波照射の後に、この初期ドメインから、過剰量存在する、 集合していない1aと自発的なβシートでの集合を起こします。超音波を長くかけると、 この活性ドメインの濃度が増え、それによってゲル化速度が増大し(図2)、 高い耐熱性を持つ高次ナノ構造体が生成します(図3)。3と4がゲル化しないのは、 おそらくこれらが特異的な多点水素結合で固定された強固ならせん構造を持つことが 原因であると考えられます。これらの分子に関するさらなる研究が継続中です。