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Switchable C- and N-Bound Isomers of Transition-Metal Cyanocarbanions:
Synthesis and Interconversions of Cyclopentadienyl Ruthenium Complexes
of Phenylsulfonylacetonitrile Anions,
T. Naota, A. Tannna, S. Kamuro, M. Hieda, K. Ogata, S.-I. Murahashi, and T. Naota, Chem. Eur. J., 14, 2482-2498 (2008).
炭素および窒素結合型遷移金属シアノカルバニオン錯体:シクロペンタジエニルルテニウムフェニルスルフォニルアセトニトリルアニオン錯体の合成と相互変換
活性メチレン化合物を求核剤に用いる炭素-炭素結合形成反応は、有機合成における根幹をなす反応ですが、
これを反応系中で遷移金属エノラートを発生させて行う遷移金属触媒を用いる手法は、今日では、立体、
位置選択性を制御する重要な手法になっています。なかでも、ニトリルのα位の水素を遷移金属で
活性化させて生成する遷移金属シアノカルバニオン錯体の介在により進行する
触媒的炭素-炭素結合形成反応(文献6、8-13)は、種々の化学選択性や立体選択性を
有することがいち早く発見されてきました。
この遷移金属シアノカルバニオン錯体には、炭素結合型(C-型)と窒素結合型(N-型)の異性体が
存在しますが(化合物1、2)、これらの反応性や性質の違いを理解することにより、
C-H活性化やC-C結合形成に関して重要な知見が得られるのみならず、
新しい機能性分子・デバイスのための分子デザインが可能になると考えられます。
しかし、これらのシアノカルバニオン錯体はそれぞれの素反応検討のための安定なものが合成、
構造決定されているのみであり、C-型とN-型の両異性体を作り分けることによる、
横断的、総括的な検討はなされておらず、構造と反応性、動的挙動の相関等の基礎的知見は、
これまで全く解明されていませんでした。本研究では、フェニルスルフォニルアニオンを
有するシクロペンタジエニルルテニウム錯体のC-型(化合物3)とN-型(化合物4)の
両錯体の作り分け、構造の決定、動的挙動について明らかにしました。
【化合物1-4の分子構造は、オリジナル文献、スキーム1をご覧ください。】
炭素および窒素結合型ルテニウムシアノカルバニオン錯体の合成と同定
フェニルスルフォニルアニオンを有する種々のC-型およびN-型の
シクロペンタジエニルルテニウム錯体は熱的に安定であり、
対応するハロゲン化錯体から合成できます。典型例を示すと、
シクロペンタジエニルおよびトリフェニルホスフィンを有するクロロルテニウム錯体7を
フェニルスルホニルアセトニトリルのナトリウム塩とエタノール/ヘキサン(1:1)
混合溶媒中、室温で攪拌することで反応を行うと、炭素結合型錯体3aと
その窒素結合型錯体4aが41:59の比率で両者とも安定錯体として生成します。
錯体3aはここから再沈澱により収率37%で単離しました。一方、
窒素結合型錯体4aは、同じ反応をエタノール/トルエン(1:1)を溶媒に用いて
室温で攪拌することにより選択的に生成することが判明し、89%の単離収率で
合成できました。これは、遷移金属シアノカルバニオン錯体の炭素結合型、
窒素結合型をつくりわけた初めての例です。種々の単座および
2座ホスフィン配位子、カルボニル、イソニトリル配位子を有する
ルテニウムシアノカルバニオン錯体3,4のIRおよび1H, 13CNMRデータは
Table 1に示す通りです。
【スキーム2. 3aと4aの合成】
重ベンゼン溶液中における1H NMR測定から、錯体3のCHCNプロトンの ケミカルシフトは、δ2.88-3.96 ppmの間にdoublet-doubletの パターンで3a>3e>3b>>3f>3k>3c>>3jの順で表れ、 これは本質的にはホスフィン配位子のσドナー性の順 (PPh3>PMePh2>PMe2Ph/dppe>dmpe)で説明されますが、 配位子のベンゼン環の非遮蔽化効果の寄与も重要です。 また、錯体4でもほぼ同様の傾向が見られことから、 配位子のベンゼン環の遠隔効果が、錯体4のCHCNプロトンに まで及ぶことが示されました。 錯体3、4の13C NMRスペクトルの同定は、それぞれ 500MHz HMQCおよびHMBC測定から行いました。 CCN炭素のケミカルシフトは、錯体3ではδ27.7-58.0 ppmと 広い範囲に、錯体4ではδ44.0-46.3 ppmの狭い範囲に 現れますが、いずれも配位子の強いσドナー性により 高磁場にシフトする傾向がいずれの錯体にも見られます(図1)。
【図1. 錯体3と4の13C NMRケミカルシフトの配位子依存性】
C-型およびN-型ルテニウムシアノカルバニオン錯体の合成と同定
錯体の構造は、単結晶X線構造解析により明らかにしました。図2には、
錯体3e, 3k, 3l, 4a, 4kのORTEP図を示します。結晶学的データ、および、
代表的な結合長と結合角をそれぞれTable2およびTable 3に示します。
錯体3におけるC–M結合長(2.1–2.2Å)や結合角 N(1)-C(1)-C(2)
(177.8(6) –178.8(9)°)から、C(2)炭素は、高いsp3性を有することが示され、これは完全なα-メタル化ニトリル構造をとっていることを表します。錯体4aと4kとにおけるRu(1)-N(1)-C(1) (172.0(4)、168.8(10)°)およびN(1)-C(1)-C(2) (175.9(5)、179(1)°)で表わされる角度から、シアノカルバニオン部分がほぼ直線であることがわかりました。また、C(1)-C(2)-S(1) (122.6(4)、119.3(8)°)の角度から錯体4のC(2)炭素のsp2性が示されました。
DFT法 (B3LYP/LANL2DZ)を用いたモデル分子(C型:11, N型:12)の
計算によるNBO電荷の評価からも、C型錯体とN型錯体の電子状態の
違いが明確に表れ、N型錯体におけるtwitter ionic性が示されました。
【図2. 錯体3e, 3k, 3l, 4a, 4kの分子構造】
【図3. 錯体11および12のNBO電荷】
【表2. 結晶学的データ】
【表3. 代表的な結合長と結合角】
C-型およびN-型ルテニウムシアノカルバニオン錯体間の相互変換
C-型およびN-型ルテニウムシアノカルバニオン錯体3,4は、溶液中で加熱する
ことで相互変換を起こします。たとえば、錯体3aはベンゼン中、60℃に加熱すると
4aになります。この4aは熱的に安定です。一方、錯体3eは熱異性化を起こしませんが、
4eは、同様条件でN-からC-型への異性化を起こします(スキーム3)。
これらの結果から、C-型およびN-型錯体の安定性は、ホスフィン配位子に
大きく依存することが明らかとなりました。
【スキーム3. シアノカルバニオン錯体のC-型/N-型の相互変換】
配位子効果を明らかにするため、種々の単座、2座の3級ホスフィン配位子を用いて、 配位子交換反応の検討を行いました。熱的に安定な錯体3bを沸騰したベンゼン中、 PPh3, P(iPr)3, dppb, dppf, dcypeと反応させると、N型への異性化が定量的に 進行しますが、他のホスフィンでは対応するC-型錯体が得られました。 一方、熱的に安定な錯体4aからは、PMePh2, PMe2Ph, dmpe, dppm, dppeと 反応させることで、対応するC-型錯体が生成した。これらの結果は、 配位子のσ-ドナー性では説明がつきませんが、しかし、 ホスフィン配位子のコーンアングルと良い相関がみられます。 Table 4に示すとおり、コーンアングルが140°よりも大きい場合に N-型が安定となり、小さい場合にC-型が安定となります。このことは、 錯体3と4の相対的安定性がホスフィン配位子とカルバニオン部位の 立体的相互作用により制御されることを示しています。
【表4.ホスフィン配位子のコーンアングルとシアノカルバニオン錯体の相対的安定性】
N -型からC -型への変換の反応機構
窒素結合型4kから炭素結合型3kへの異性化についてさらなる知見を得るため、
速度論的検討を行いました。重ベンゼン溶媒中における1H NMR分析により錯体3kは、
常にジアステレオマー比(R*Ru、S*C)および(R*Ru、R*C)が、59:41で生成し、
これらは熱的に不活性で互いに変換しないことが示されました。錯体4kの消失速度は
錯体4kの濃度に対し1次の依存性を示し(図5)、この反応が分子内反応で進行する
ことが実証されました。333Kから348Kまでの反応温度で得られた一次反応速度定数k1は、
Eylingのln(k1/T)と1/Tの関係において高い直線性を示し(r2=0.999)、
これより活性化エンタルピーおよびエントロピーをそれぞれ(107±2) kJ/mol,
-(22±5) J/molKと算出しました(図6)。この反応は、反応溶媒を重ベンゼンから
重クロロホルムに変えても同じ反応速度で進行し、また、強い配位力を有する
アセトニトリル、PPh3, tBuNCを過剰量転化した場合でも全く同じ反応速度で進行しました(表5)。
このことから異性化反応機構がスキーム7のような16電子中間体を経由しないと結論づけられました。
この反応が解離機構で進行しないとなると、C-CN上のπ電子が作る直線状の
プラットフォームの上を、金属が配位を保持したまま滑るように長距離移動していることになります
(スキーム8)。このような機構が進行するためには、
最初のend-on(η1)配位からside-on(η2)配位への90度回転プロセスが起こるかどうかが
鍵になるであろうと考えらます。実際に、モデル分子におけるDFT計算からこれを支持する結果が得られました(図7)。
【図5. 重ベンゼン中、錯体3kから 4kへ異性化の時間変化-ln([4k]/[4k]0)】
【図6. 錯体3kから 4kへ異性化におけるEyring プロット】
【図7. 錯体12から 11への異性化におけるポテンシャルエネルギー図】
【表5. 錯体3kから 4kへ異性化における1次反応速度定数】
【スキーム7. 16電子中間体を経由する錯体3kの異性化の律速段階】
【スキーム8. N-型からC-型へのメタルスライディング機構】
C -型からN -型への変換の反応機構
炭素結合型から窒素結合型への変換は、N-型からC-型とは全く異なります。
炭素結合型PPh3錯体4aは、ベンゼンやTHF中で加熱すると窒素結合型3aに定量的に
異性化しますが、この反応を室温で行うと炭素結合型錯体のニトリルが互いに
配位結合したμ2-炭素、窒素結合型の2核錯体15が得られました(スキーム9)。
錯体15のX線結晶構造解析により得られた分子構造(図9)からは、
Ru(1)-N(1)-C(1)の結合角は、155.6度とかなり歪んだend-on配位で
その環状構造が維持されていることがわかります。実際、この2核錯体は、
高い反応性を示し、たとえば、PPh3やdppfを添加して加熱すると窒素結合型錯体4a,4hが、
同様条件下、PMe2Ph,あるいはCOの存在下、炭素結合型3c, 3l(ジアステレオマー比81:19)が
生成しました(スキーム10)。この事実は、C-型からN-型への異性化が2核錯体を経由する
分子間反応であることを強く示唆します。
【図9. 錯体15の分子構造】
【スキーム9. 錯体3aの異性化の温度依存性】
【スキーム10. 錯体15の配位子依存型開環反応】
C-型錯体4からN-型錯体5への異性化における経時変化を追跡した結果、錯体15を経由する 分子間機構が存在し、特にこれが高温のときほど強く関与していることが強く示唆されました (図10)。また、過剰量のPPh3の存在下での実験から2核錯体を経由しない分子内反応も 存在することが実証されました。速度論的解析により明らかとなったシアノカルバニオンの 変換機構は、スキーム11のようにまとめられます。炭素結合型から、窒素結合型、 窒素結合型から炭素結合型への変換とも、η1-η2間の配位変換とC-C-N上の移動に伴う 分子内反応で進行します。一方、炭素結合型から窒素結合型への変換は、これに加えて、 2核錯体を経由する分子間反応が伴います。これは、分子変換において分子集合と その開裂によって進行する珍しい例であるといえます。
これらの研究で得られた結果は、当研究グループで開発された温和な中性条件下で進行する 環境にやさしい触媒プロセスとも密接に関連してメカニズム解明のために重要な知見を与えるものです。