最近Cr:Fレーザーの第2高調波のパルス幅が26fsまで短くなりました。改良点は励起レーザーのCompassが壊れかけていたので(赤字覚悟で)Millenia IRに交換したという点だけです。そしたらスペクトルが広がりパルスが短くなりました。以下がその結果です。
なぜいきなりパルス幅が狭くなったのでしょうか?その理由として考えられるのはCompassよりMillenia IRの方が空間モードがきれいなのではないか?ということです。その根拠として今まで8W必要だった励起エネルギーが6Wになったことが挙げられます。
"Generation of 30 fs
pulse at 635 nm by frequency doubling of cavity-dumped Chromium-doped
Forsterite laser and its application to spectroscopy."
Yutaka Nagasawa, Yoshito
Ando, Ayako Watanabe, and Tadashi Okada, Appl. Phys. B, 70 [Suppl.],
S33-S36, 2000.
1. はじめに
レーザーの単色性が分子分光学に大きな進歩をもたらしたことは周知の事実である。しかし発振波長が限られているため共鳴励起できる分子種の数は制限される。つまりレーザーにより「見たい」現象を観測するよりも「見ることができる」系を選択せざるおえないことがある。近年、超高速レーザーの分野においてTi:Sapphireレーザーの進歩には目を見張るものがある。超短パルス(幅
4.5フェムト秒 )や超高出力、かつ安定なレーザーが開発され、化学反応や半導体のダイナミクスの研究に大きな成果をあげている。しかしこのレーザーの発振波長は800nm、第二次高調波も400nm近辺に限られるため、700nmから500nmにかけて観測できない「ダークウィンドウ」が存在する。波長変換や色素レーザーを用いればこの領域の波長も得られるが、いずれも原理的に不安定であり、パルス幅も広い等の問題がある。そこで我々は上記の領域をカバーする安定な超短パルスレーザーを製作し、現在まで明らかにされていない凝縮系の分子ダイナミクスを解明したいと考えた。最近開発された自己モード同期Cr:Forsteriteレーザーは1260nm付近で発振し、約20fsの超短パルスも可能である。このレーザーの第二次高調波はまさにTi:Sapphireレーザーのダークウィンドウをカバーすることができるのである。さらに我々はキャビティダンパーを組み込み、繰り返し周波数のコントロールと尖塔出力の高出力化を行い、種々の非線形分光法に応用できるものを製作しようと考えた。
630nm付近の波長を用いれば、凝縮系の分子ダイナミクスを知る上で新しい興味深い研究が行える。例えば、ポルフィリン色素を含む光合成のモデル化合物で光合成の初期過程であるエネルギー移動や電子移動の詳細な実験が行える。電子移動反応で示唆されている電子や振動のコヒーレンスの関与の解明を目指す。また、生体関連物質としてはバクテリオロドプシン、フィトクロム、青色銅蛋白等も共鳴励起できる。さらに、凝縮系(液体やガラス)で溶媒-溶質間相互作用の超高速ダイナミクスを調べる場合色素分子を一般に用いるが、800nm付近で吸収する色素は構造が複雑すぎて解析が困難である。これに対し、630nmを吸収する色素はより単純な構造でかつ性質も良いものが多い。フォトンエコー法による低極性溶媒や水溶液、ガラス転移等の研究への応用を目指す。我々の興味の対象は凝縮系のダイナミクスであるが、当然他の分野への応用も期待できる。ここではキャビティダンパーを導入した自己モード同期Cr:Forsterite(Cr:F)レーザーの製作とその性能の評価を報告する。
図1 Cr:Fレーザーの概念図。
2. Cr:Fレーザーの製作と評価
2-a. 基本設計
基本的には図1のように共振器内にCr:Fロッド、プリズム対、ブラッグセルを導入したレーザーを製作する。プリズム対は幅広い波長でモード同期したフェムト秒パルスを得るために必要であり、ブラッグセルはキャビティダンプ用の音響光学素子である。繰り返し周波数80
MHzでパルス発振するように全体の共振器長は約1.9mである。ロッドからエンドミラーまでの距離はアウトプットカプラー(4%透過)までの距離に比べて若干長い。プリズム対の材質はSF-6であり、その間の距離は21cmである。これは以前報告された長さ(27cm)より短いが、以前の論文ではCr:Fの三次の分散を過大評価していたためである[1]。半導体励起Nd:Vanadate
CWレーザーの1064nmの発振線をf = 90mmのレンズで集光してCr:Fを励起する。ロッドとブラッグセル周りの凹レンズはR
= 100mmである。ロッド周りのビームの折り曲げ角は約30度、ブラッグセル周りは約13度に設定したが、これはそれぞれ長さ18mmのCr:F結晶、4mmの石英によって非点収差を補正するための角度である。励起光集光用のf
= 90mmのレンズも非点収差を補正するために若干傾けてある。アウトプットカプラーから出射してきたパルス列の一部を光ダイオードで検出し、キャビティダンパードライバーを同期する。ドライバーからのRFパルスはブースターで増幅されブラッグセルに導入される。その結果音波がセル内に発生し、その波面によるブラッグ散乱により共振器内のパルスの一部が取り出される。
図2 レーザーの製作手順。
2-b. レーザーの製作
レーザーの製作は次のような手順で行う。この際、Cr:Fレーザーのビームや蛍光が見えるようにIRビュアーを使う。
図2(a)、まず2つの凹面鏡、エンドミラー、アウトプットカプラーの4つのミラーとCr:Fロッドを用いてできるだけ短い共振器を作る。ロッドからの蛍光がエンドミラーとアウトプットカプラーで垂直に反射されるようにする。さらにエンドミラーからの反射がちゃんとアウトプットカプラーまで届くようにする。こうして発振を見つけたら出力が最大になるように調整する。
図2(b)、出力を保ちつつ共振器を徐々に長くして1.9mにする。次にプリズム対とブラッグセルを挿入するが、常に共振器長は一定に保つ。
図2(c)、ビームの一部をプリズムで屈折させ、それぞれのプリズムのブリュースター角を最適化し、エンドミラーからの反射も垂直に帰ってくるように調整する。
図2(d)、プリズムがビームを完全に遮るまで挿入し、発振を止める。エンドミラーを微調節して発振を探す。発振を見つけて再び出力が最大になるように調整する。
図2(e)、ブラッグセルを共振器に挿入し、再び出力の最適化を行う。しかし、最大出力の条件ではモード同期はかからないのでモード同期がかかる条件を探さねばならない。ロッド周りの凹面鏡間距離を少し長くしたところでモード同期がかかるはずである。プリズムの1つを水平方向に振動させながらモード同期がかかる凹面鏡間距離を微調整する。モード同期がかかったかどうか判断するには2つの方法がある。1つは出力を第二次高調波発生用の非線形結晶に集光しておく。モード同期がかかると第二次高調波が発生するのが肉眼で確認できる。2つめは光ダイオードで出力の一部を検出し、CW発振がパルス発振に変わる様子をオッシロスコープで見るという方法である。最後にブラッグセルの角度と位置を調整し、キャビティダンプの最適化を行う。ブラッグセルを大きく傾けるとモード同期が止まってしまうことがあるが、その度にモード同期がかかる条件を探しつつ角度を調整する。
2-c. 性能評価
8Wの励起光を入射した場合、4%のアウトプットカプラーから得られる80MHzの出力は200mW程度である。キャビティダンパーの効率は約30%で、50kHzで推定15nJの出力が得られた。キャビティダンプによる共振器内のパルスエネルギーの経時変化が図3に示してある。キャビティダンプによって瞬間的に減少したエネルギーが徐々に回復していく様子がわかる。出力を4mmのLiB3O5の結晶にf=40mmのレンズで集光すると25%の効率で4nJの第二次高調波を得ることができた。第二次高調波の自己相関関数を取りつつ共振器内のプリズムのガラス挿入量を調整することにより得られた最短のパルス幅は30fsであった。この時の自己相関関数とガウス関数によるフィッティングの結果を図4に示す。このパルス幅はキャビティダンプしたCr:Fレーザーの第二次高調波としては世界で最短のものである。
図3 キャビティダンプによる共振器内のパルスエネルギーの経時変化。全エネルギーのうち約30%がキャビティダンプによって取り出されているのがわかる。
図4 自己相関関数とそのガウス関数によるフィッティング。
図5 パルス幅30fsの第二次高調波のスペクトル。
参考文献
[1] E. Slobodchikov, J. Ma, V. Kamalov, K. Tominaga, K. Yoshihara,
Optics Letters, 21, 354, (1996).