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反応性高分子材料のネットワーク形成過程の研究
[Chem. Comm. 2009, p6165.; Appl. Phys. Exp. 2, 075004 (2009)]

1. 序:単分子イメージングで分かること

 現在、光による単分子検出としては超高感度光検出器を用いた蛍光検出が一般的な手法である。その理由は、蛍光測定ではバックグラウンドフリーの高感度測定が容易に実現できるためであり、光量差を検出する吸収分光のような測定法で単分子レベルの検出感度を実現することは極めて困難だからである。

 凝縮相中では、たとえ巨視的には均一と考えられる系であっても、ミクロスコピックには不均一性が存在する。溶質分子の輻射・無輻射遷移の速度定数、エネルギー順位などはその周囲のミクロ環境に依存し、分子ごとにそれぞれ異なる。不均一環境の緩和時間が蛍光寿命に比べて十分長い場合、分子の挙動(蛍光寿命、蛍光スペクトル、並進拡散係数、回転拡散係数など)はそれぞれの置かれたミクロな環境を反映したものとなり、分子を一つ一つ測定することで間接的にホスト材料のミクロな物性に関する評価が可能となる。

 例えば高分子系材料のようにその内部にnmスケールの不均一性を有する系では、ゲスト蛍光分子は局所的な粘性やホスト材料との相互作用の強さ等に依存した拡散運動を示し、またnmサイズの構造体中では、ゲスト分子の動きは材料のナノ構造を反映する。つまり個々の分子の挙動を追跡し詳細に解析すると、ホスト材料のナノ構造や局所粘性、ホスト−ゲスト間相互作用、材料の空間的不均一性などの興味深い情報を得ることができる。

2. 熱反応性高分子薄膜のネットワーク形成に伴うゲスト蛍光分子の拡散挙動変化

 Poly(2-hydroxyethyl acrylate)poly-HEA、図1a左)を主剤とし、架橋剤tetramethoxymethyl glycoluril TMMGU、図1a中)と微量の酸触媒を含む分子薄膜を高温(〜200℃)で加熱すると架橋によるネットワーク形成が起こり溶媒に不溶となる。この試料に、ゲスト蛍光分子としてペリレンジイミド誘導体(PDI、図1a右)を加え、熱架橋反応に伴うゲスト蛍光分子の運動性の変化を単分子イメージングにより追跡した。加熱前、即ち未反応のpoly-HEA/TMMGU混合薄膜では、ゲスト蛍光分子は比較的速い速度で並進拡散し、その拡散の軌跡は2次元的な自由拡散であった(図1b)。この試料を200℃で180秒間加熱すると熱架橋反応が進行し、図1cに緑色の円で示す様に40%程度のPDI分子の並進拡散がほぼ停止した。このとき残り60%のPDIの拡散係数も低下した。200℃で300秒間加熱した場合は、全てのPDIの並進拡散が停止した。

b図1.jpg
1 
(a)polyHEATMMGUPDIの構造
(b)未反応polyHEA/TMMGU混合薄膜中PDIの並進拡散の軌跡の例
(c) 200℃で180秒間加熱後のpolyHEA/TMMGU混合薄膜中PDIの並進拡散の軌跡の例.

 上の一連の熱架橋反応においてゲスト分子の回転運動に関する知見を得るため、未反応、180秒間加熱、300秒間加熱後のそれぞれの試料薄膜中PDIをデフォーカスイメージング法により観察した。未反応試料においては、図2aのように全てのPDIがドーナツ状のパターンを示した。これは観測に用いたCCDカメラの露光時間(〜500 ms)に比べ遙かに速いタイムスケールで分子が回転運動しているためであると解釈でき、未反応試料中では自由な2次元並進拡散が見られた事実とも矛盾しない。一方、200℃で180秒間加熱した試料の場合には、ゲスト分子のデフォーカスパターンは未反応試料中と同様ドーナツ状であった(図2b)。200℃で300秒間加熱した場合では,全ての分子が非等方パターンを示し、それらの回転運動は観察されなかった(図2c)。SMTによる並進運動の追跡により、200℃で180秒間加熱した試料で、およそ40%程度のPDIの並進運動が停止していたことが分かっており、そのこととデフォーカスイメージングの結果とを併せて考察すると、このネットワーク形成過程では、架橋反応の進行に伴い、最初にゲスト分子の並進拡散が抑制されはじめ、次いで回転拡散が抑制されるという、謂わば階層的な分子運動の凍結が起こることが明らかとなった。

b図2.jpg
2
(a)未反応、(b)200℃で180秒間加熱後、及び(c)200℃で300秒間加熱後の
polyHEA/TMMGU混合薄膜中PDIの蛍光デフォーカス像.

 種々の条件で加熱した試料のFTIR測定の結果と単分子イメージングの結果を併せて考察することで、このようなゲスト分子の拡散運動の変化をネットワーク形成の進行度と関連づけて議論できる。試料を加熱しつつ測定したFTIRスペクトルにおいて、TMMGUのメトキシ基由来の907 cm-1の強度変化からpoly-HEA鎖一本あたりの架橋点数を算出した結果を図3に示す。200℃で180秒間加熱すると86%、300秒間加熱した場合は91%のメトキシ基が反応することがこの測定結果から分かり、これより架橋反応が85%程度まで進行するとゲスト分子の並進拡散が止まり、90%以上反応すると並進・回転拡散共に停止することが明らかとなった。

b図3.jpg
3
170℃、200℃、及び230℃で熱処理したpoly-HEA/TMMGU混合薄膜におけるpoly-HEA鎖一本あたりの反応点数の時間変化.

3. 単分子追跡による光硬化性高分子薄膜材料の不均一性評価

 4aに示すデキストリン系材料PA08と少量のラジカル光重合開始剤都の混合薄膜は、紫外光照射により反応部位R同士が結合し高分子の3次元ネットワークを形成する。この試料にゲスト蛍光分子としてPDIを極微量加え、膜厚数十nmの薄膜をガラス基板上に作製し、種々の条件でUV光を照射し光誘起ネットワーク形成反応の進行に伴うゲスト分子の拡散運動の変化を追跡した。

 未反応のPA08中におけるPDIの並進拡散運動の軌跡の例を図4b-gに、またこれらの分子1〜6の平均自乗変位(MSD)の時間変化を図4hに示す。MSDの時間に対するプロットの傾きがほぼ1であることから、これらの分子の動きは2次元的なブラウン運動であることが分かる。このような解析をUV未照射試料中の100個程度のゲスト分子に対して施し、拡散係数のヒストグラムを得た(図4i)。

b図4.jpg
図4
(a)PA08の分子構造
(b-g)PDIの並進拡散運動の軌跡の例
(h)各分子の平均自乗変位の時間変化
(i)測定した96個のPDIの拡散係数のヒストグラム.

 上記PA08薄膜に波長325 nm、強度2.6 W/cm2の紫外(UV)光を照射時間1秒〜32秒で変化させ照射し、ネットワーク形成(重合・架橋)反応進行に伴うゲスト分子の拡散挙動の変化を追跡した。各UV照射条件下において100個程度のゲスト分子の運動を追跡し、その軌跡及び並進拡散係数を得た。図5はそれぞれのUV光照射条件におけるゲスト分子の並進拡散係数のヒストグラムである。また表Iに拡散係数の平均値と標準偏差を示す。

b図5.jpg
図5
種々の
UV照射時間に対するPA08PDIの拡散係数のヒストグラム.

 UV光を1秒間照射した試料では、拡散速度が極端に遅くなるゲスト分子(全体の70%)と、未反応試料中と同程度の速度で拡散するゲスト分子(30%)が存在した。この拡散速度の極端な違いは反応の空間的不均一性に起因する、即ち反応進行の早い領域と遅い領域が存在すると解釈される。照射時間の伸長に伴い、未反応試料中と同程度の「速い」拡散を示すゲスト分子の割合は減少し、照射時間が8秒を超えると全ての分子の拡散速度がほぼ一定となった。図5のヒストグラムの分布がUV照射時間と共に先鋭化することと対応し、表Iに示されるように拡散係数の標準偏差も光照射時間と共に単調に減少した。つまりゲスト分子の拡散係数から見れば、この試料は反応の進行に伴ってより「均一」になると言える。

 また、この一連の反応において拡散係数の小さな領域(<0.005 μm2s-1)を拡大したヒストグラム(図6)を見ると、反応が進んだ領域の「遅い」並進拡散は停止することはなく、45×10-4 μm2s-1程度の一定値で留まることが明らかとなった。この「遅い」拡散では、拡散係数のヒストグラム形状はUV光照射時間依存しなかった。この結果は、光照射と共に拡散係数分布の標準偏差が減少する、即ち均一性が増すという結果と矛盾しない。

表1 SMTにより得られたPA08PDIの平均拡散係数とその標準偏差.

b表I.jpg


b図6.jpg
5 
PA08PDIの遅い拡散成分(<0.005 μm2s-1)のヒストグラム.

4. 結論

 熱硬化性高分子材料やデキストリン系光硬化性高分子材料など先端高分子材料のナノ構造・ミクロ不均一性を単分子蛍光イメージング・単分子追跡を用いて評価した。上で述べたように、単分子イメージングで材料中のゲスト分子の動きを数〜10 nmの非常に高い精度で追跡可能であり、得られた実験データから材料のナノスケールの構造や物性に関する情報を得ることができる。このようなアプローチを様々な材料系へ展開することで、従来のアンサンブル測定では得られなかった材料のミクロ物性に関する興味深い情報が得られると期待される。


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