「理工学研究戦略サブワーキング アクア 水の多機能活用… 水の都の総合科学技術を目指して」

という名の冊子に記事を書いたら、図1がまるっきり抜け落ちてました。
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仕方ないので、訂正版を公開します。

アルコール水溶液中での超高速分子ダイナミクス

大学院基礎工学研究科・物質創成専攻・未来物質領域

長澤 裕・長藤 昭子・中川 佑歌子・宮坂 博 

単純なアルコール類のうち、メタノール、エタノール、プロパノール、tert-ブタノールは常温常圧で相分離を起こすことなく無制限に水と混合する。これらの透明な液体は完全に均一に混合しているように見えるが、微視的な分子レベルではどうなのであろうか?図1のように、水にアルコールを混ぜていくと、その粘度は上昇していくが、ある濃度で極大となり、その後は減少していく。このような非線形的な濃度と粘度の関係は液体のどのような分子物性に起因するのであろうか?


1.エタノール・水混合溶液のエタノールモル分率と粘度の関係

一般によく言われることは、水中でアルコール分子はクラスター(分子集団)を形成しているということである。アルコールはアルキル鎖を持つため、その疎水性相互作用で集まりクラスターを形成する。さらにクラスターの周囲の水分子同士は水素結合ネットワークによりクラスレート(籠状)構造を形成するとも言われている。このような液体構造がもっとも顕著なのがアルコールモル分率0.20.3あたりであり、これ以上アルコール濃度が高くなると、クラスター同士が会合してクラスレート構造が破壊されて粘度が低下するというのである。つまり、アルコール・水混合溶液は分子レベルでは均一に混合していないことになる。このような不均一な溶媒中で分子運動はどのような影響を受けるのであろうか?
 液体中の分子の拡散的な回転緩和時間trと液体粘度hの間にはDebye-Stoke-Einstein (DSE)の関係が成立するとされている。ここで、Tは絶対温度、kBはボルツマン定数である。Beddard(Nature 294 145-146 (1981))はクレジルバイオレットという色素分子をアルコール・水混合溶液に溶かし、その回転緩和時間をピコ秒時間分解蛍光異方性解消法で測定した。その結果、アルコール濃度が高い領域ではDSEの関係が成立しないことを見出した。このことは、アルコール濃度が高いとクレジルバイオレットはアルコールクラスター中に取り込まれ、その回転緩和は巨視的な粘度の影響を受けないためだと解釈された。
 Beddardらの実験は分子運動と溶液の粘度の間に単純な相関がないことを示したが、分子運動には色々な種類があり様々な時間領域で起こる。クレジルバイオレットの回転緩和時間は50330ピコ秒であり、それよりも速いものも遅いものもある。一般に狭い空間で起こる運動ほど短い時間で起こると考えられる。そこで我々は、様々な時間領域で起こる色々な分子運動に関して粘度依存性を測定することにより、液体構造の階層性に関する知見を得られるのではないかと考えた。そこで手始めに、クレジルバイオレットの回転緩和よりも短い時間で起こるマラカイトグリーン(MG)の無輻射失活過程の測定を行った。


2.マラカイトグリーン(MG)分子。

マラカイトグリーン(MG)とはトリフェニルメタン色素の一種であり図2のような分子構造をしている。この分子の第一電子励起状態の寿命は極めて短く、しかも溶媒粘度に依存することが知られている。中心炭素回りのフェニル基のねじれ運動が無輻射失活過程とカップリングしているため、粘度上昇によりねじれ運動が起こりにくくなると、励起状態寿命が長くなるのである。そこで我々は、フェムト秒ポンプ・プローブ分光法で無輻射失活による基底状態の回復過程の観測をエタノール・水混合系について行った。基底状態の回復過程は3成分の指数関数(2つの減衰と1つのライズ)でフィッティングすることが可能で、それらの時定数のエタノール濃度依存性を図3に示す。一番速い減衰の時定数(▲)は100フェムト秒程度であるが、モル分率(粘度)にまったく依存しないことがわかる。この時定数はフェニル基が周囲のエタノール分子と衝突する最初の時間領域であり、まだ溶媒粘度の影響を受けない。励起状態における構造緩和に相当するライズ成分の時定数(□)は0.20.7ピコ秒であるが、モル分率とともに単調に長くなるだけで、粘度のような極大は現れない。励起状態寿命に相当する一番遅い2つ目の減衰成分の時定数(●、0.41.2ピコ秒)が図1の粘度のモル分率依存性に一番近い形をしているが、高アルコール濃度側にその極大がずれている。これらの結果は速い分子運動ほど粘度の依存性を受けないという粘度の時間的階層性を示していると考えられるが、その詳細については以下の論文を参照されたい。現在その他のアルコールについての詳細な実験を行っている。


3.マラカイトグリーン(MG)の基底状態回復の3つの指数関数成分の2つの減衰成分(▲、●)とライズ成分の時定数(□)のエタノールモル分率依存性

最近の研究成果

Y. Nagasawa, Y. Nakagawa, A. Nagafuji, T. Okada, H. Miyasaka: "The microscopic viscosity of water–alcohol binary solvents studied by ultrafast spectroscopy utilizing diffusive phenyl ring rotation of malachite green as a probe", J. Mol.r Struct., 735–736 217–223, (2005)


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