"Two Dimensional Analysis of Integrated Three Pulse
Photon Echo."
Yutaka Nagasawa, Kazushige Seike, Takayuki Muromoto, and Tadashi
Okada,
Ultrafast Phenomena XIII, Eds.,
R. D. Miller, M. M. Murnane, N. F. Schere, and A. M. Weiner, Springer
Verlag, Berlin, 568-570 (2003).
"Two-Dimensional Analysis of
Integrated Three-Pulse Photon Echo Signals of Nile Blue Doped
in PMMA."
Yutaka Nagasawa, Kazushige Seike, Takayuki Muromoto, and Tadashi
Okada, J. Phys. Chem. A 2003, 107, 2431-2441
ポリメチルメタクリレート(PMMA)中にド−プした色素ナイルブルーの吸収、蛍光スペクトルです。レ−ザ−のスペクトルもいっしょに表示してあります。このサンプルを30Kに冷やしてフォトンエコーの測定を行ないました。
毎度お馴染みの3パルスフォトンエコーの測定セットアップですね。BとB'の2つの方向に出てきた信号を同時に測定します。
今回は2種類のパルススキャンを行ないました。1つめは3PEPS-scanと呼ばれる方法で、2番目のパルスと3番目のパルスを同時に動かします。もうひとつはMS-scanと呼ばれる方法で、2番目のパルスのみ動かします。
ちなみにフォトンエコーは時間領域のホログラフィックメモリーとも言われています。パルス1とパルス2で情報を系に書き込み、パルス3で読み出すことができます。どんな情報を記録しているかというと、ちょっと難しくなってしまいますが、簡単にいうと、パルス1とパルス2の間隔τを記録しています。不均一極限において、パルス3でこの記録を読み出すと、エコー信号がτ'=τの時出現します。そこで、パルス1もしくは2を多パルス化すると、モールス信号のような情報を記録しておいて、ある時間Tが経った後にそのモールス信号を読み出すことができるのです。
BとB'の方向に現れたエコー信号(3PEPS-scan)の強度を2つの時間軸、Tとτについて2次元プロットしたものです。青い所が信号が一番強いところで、赤いところが弱いところです。BとB'方向の信号はτについて互いに時間反転したものであることがわかります。エコー信号はコヒーレントな分子内振動によって揺らいでおり、振動による尾根と谷が斜め下45°方向に走っているのがわかります。
B'の方向に現れたエコー信号(MS-scan)です。この信号は時間原点付近で90°折れ曲がっているのがわかります。また振動による尾根と谷は垂直方向の信号ではほぼ水平、水平方向の信号ではほぼ垂直に走っています。ちなみに振動の緩和時間より十分遅い時間領域ではMS-scanと3PEPS-scanは一致します。
(a)と(b)にそれぞれ、3PEPS-scanとMS-scanの信号の現れ方を示してあります。太い矢印が信号強度の一番強い部分を表しており、点線の矢印は振動による尾根と谷の走る方向を表しています。我々が測定したいのは、パルス1とパルス2の干渉によって生じる回折格子にパルス3が回折された信号なのですが、時間原点付近ではパルス1とパルス3によって生じた回折格子によってパルス2が回折された信号もB'の方向に現れます。このいらない信号(mis-ordered
signal)がMS-scanの場合はT'=0fsに沿って水平方向に現れ、3PEPS-scanの場合は右下45°方向に現れるのです。
3PEPS-scan信号の温度変化です。温度上昇とともに横方向の減衰が速くなっていき、信号全体が細くなっていくのがわかります。これは熱揺らぎによって電子の位相緩和過程が速くなっていることを表しています。また縦方向の減衰も若干速くなっているのがわかります。アーレニウス的に励起状態の無輻射失活過程が活性化されているのでしょう。
次にこれらの信号を既存の理論に基づいたシミュレーションで再現できるかどうかやってみました。
シミュレーションは系のスペクトル密度を推定するところから始まります。スペクトル密度としては、ナイルブルーの全てのラマン活性な分子内振動とPMMAのフォノンモードを取り入れました。分子内振動は共鳴ラマン散乱の測定結果、フォノンモードについては116cm-1付近にピークのあるブラウン振動子を用いました。このスペクトル密度からまずspectral
broadening関数を求め、さらにspectral broadening関数から考えられうる全ての応答関数を計算します。応答関数とレ−ザ−パルスのコンボリューションからエコー信号を再現します。
まず最初にフィッティングしたのは、T=387fsでのエコー信号(3PEPS-scan)の水平方向の断面図の温度変化です。上の図のようにうまくフィッティングできました。(a)が実験値で(b)がシミュレーションです。
エコー信号(3PEPS-scan)全体の温度変化のシミュレーションです。かなりうまく実験結果を再現できました。
お次はMS-scanです。これもうまく再現できたように見えます。しかし、実験結果には対角線上のT'=τ=50fsぐらいのところにコブがあるのですが、シミュレーションではこれが現れていません。なぜなのかな?
さて、今度は信号強度とピークシフトの関係を調べてみましょう。上の図はエコーの信号強度の等高線図の上にその信号強度のピーク位置を赤い曲線で示したものです。(a)が3PEPS-scanで、(b)がMS-scanです。3PEPS-scanの場合、ピークシフトが極大になるのは、実際の強度ピークのちょっと手前だということがわかります。これは振動による尾根が右下45°の方向からやってくるからです。またMS-scanのピークシフトの振動の強度が3PEPS-scanのものと比べてだいぶ弱いことがわかります。右下45°の方向からやってくる振動の尾根がピークシフトの振動を増幅していることがわかります。
ピークシフトもシミュレーションしてみました。青丸が実験結果で、赤線がシミュレーションです。30Kではうまく実験結果を再現できましたが、295Kでは明らかに振動が強すぎてしまいました。
ピークシフトは30Kのナイルブルー/PMMA系でもピコ秒領域で減衰していきます。これはなんらかの緩和過程が低温のポリマー中にも存在していることを示しています。(なんらかのspectral
diffusion?)おもしろいことに温度を上げるとこの減衰は弱くなり、速くなります。
次に3PEPS-scan信号の水平方向の断面の時間T依存を見てみましょう。Tが120フェムト秒以上になると、その断面は変化しなくなっていることがわかります。おもしろいことに30ピコ秒以上経った信号を見てみると、矢印に示したところにまだショルダーがあるのがわかります。このショルダーはナイルブルーのコヒーレントな分子内振動によるものだと考えられます。分子内振動の位相緩和時間は数ピコ秒程度なので、30ピコ秒以上経った時には消えているはずです。しかし、100ピコ秒以上経った信号にも振動が現れているのです。これは振動によって揺らぐエコー信号の形自体を系が記憶しているため、100ピコ秒以上経った後でもその形が再生されているからです。
シミュレーションでも30ピコ秒経っても振動が消えないことがわかりました。パソコンの精度の関係上、これ以上遅い領域でのエコー信号のシミュレーションはできませんでした。
ナイルブルー/PMMAの9Kにおける過渡回折格子信号です。この結果からも振動の位相緩和時間は遅くても2ピコ秒程度であることがわかりました。