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研究内容

多数の分子を集合させることによって初めて、一分子では示さない新しい機能を発現することがあります。そのような分子集合体は、生命科学から材料工学における幅広い分野で重要な役割を担っています。ただ、私たちの希望通りに分子を配列させて集合構造を創るのは簡単なことではありません。分子の振舞いをよく観察し、分子の声に耳を傾けて分子をしっかりと理解することによって、どうすれば分子が所望の構造へと自己集合してくれるかがわかってきます。私たちは分子との対話を通じて有機結晶の分子配列を変調・制御し、前例無き構造の構築と新奇物性の発現を目指す「分子集積化学」に立脚して、次世代を担う新規材料と新しい価値観を創造します。

水素結合で組み上げる機能性の多孔質分子結晶

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金属有機フレームワーク/多孔性配位高分子(Metal-Organic Framework: MOF/Porous Coordination Polymer: PCP)や、共有結合性の有機フレームワーク(Covalent Organic Framework: COF)など、有機分子を構造単位に用いた多孔質構造体が機能材料への応用の観点から盛んに研究されています。特にパイ共役分子を構成単位に用いた多孔質構造体は、特定の気体や化学種の吸着・分離のみならず、光学的、電気的な物性を備えた光電子材料への展開が可能です。

一方、我々はパイ共役分子を水素結合でつなげた多孔質構造体 (Hydrogen-bonded Organic Framework: HOF) に興味を持っています。可逆的な水素結合で自己集合して形成されるHOFは構造規則性が極めて高く、しばしば単結晶として得られるためX線構造解析によってその構造は一目瞭然で決定できます。また同様の理由で溶媒への再溶解とそれに続く再結晶あるいは溶媒蒸気への曝露によるアニール処理によっても構造を再生できます。しかし、水素結合は共有結合や配位結合よりも一桁以上結合力が弱いため、自立した空間を内部に有する多孔質構造を事前に設計した通り構築するのは一筋縄ではいかないというジレンマがあります(図1)。分子を結晶化させると設計とは異なる無孔質の構造体を与えることは日常茶飯事ですし、多孔質構造体ができたとしても得られた直後は内部の空間が溶媒分子で満たされており、溶媒を除いて空間を活性化しようとすると構造が壊れて空間および結晶性が失われる事態がたびたび起こります。

Fig1.jpg図1.多孔質HOFの構築

では、いかに設計通りの構造体を構築し、持続可能な空孔を有するHOFを構築すればいいのでしょうか。先述のように水素結合のみでは空間を自立して維持できる「永続的多孔性」を達成することは多くの場合困難ですが、多重水素結合を形成できる強固な官能基を用いる戦略や、水素結合に加えて第二の相互作用(広い面積でのπ/π相互作用など)を併用する戦略が用いられます。

我々は、カルボン酸の相補的な水素結合2量化という非常に単純な"分子のり"を用いて、パイ共役分子をネットワーク化した安定で結晶性の高い多孔質フレームワークの構築を行ない、多孔性に加えて光学的・電気的な機能性をもち合わせた複合機能性HOFの開発を行っています。特に、3回対称性のパイ共役構造の周囲にカルボキフェニル基を導入することによって効果的に機能性HOFが構築できることがわかってきました。平面性の高い分子を用いると2次元ヘキサゴナルネットワークが積層した柔軟なHOFが得られ、一方結晶中でねじれるような分子を用いると、3次元ネットワークが相互貫入した剛直なHOFが得られます(図2)。

現在、HOFの明確に規定された内部空間とパイ共役系構造の特異な電子的性質とを組み合わせた複合機能性HOFの開発を鋭意行っています。

Fig2.jpg図2.様々の3回対称性パイ共役分子と、水素結合による分子のネットワーク化を経由した2D積層HOFおよび3D相互貫入HOFの構築.

キラル化合物の結晶化によるデラセミ化

キラリティとは右手と左手のように「鏡像関係にありながらお互いに重ね合わせることのできない性質」のことで、自然界において普遍的に見られる性質の一つです。キラリティをもつ分子の組は「エナンチオマー」とよばれ、このような分子は地球上の生物の体にも含まれています。たとえば、人間の体には左手型のアミノ酸(L体)が含まれています。日常生活で意識することはありませんが、実は人間の体の中もキラリティにあふれています。

エナンチオマーの右手型と左手型は、それぞれ物理的、化学的性質は基本的に同じですが、キラルな環境下では性質の程度に差が生じる場合や、全く逆の性質を示すこともあります。身近なものでは医薬品です。1950年代後半に睡眠薬として販売されたサリドマイドは、右手型(R体)のみが催眠性を示します。しかし、催奇形性を示す左手型(S体)との混合物(ラセミ体)として販売されたため、世界的なサリドマイド禍を引き起こしました。この大きな事件は、右手型と左手型分子のそれぞれの性質を個別に調べることの重要性を示すこととなりました。

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図3.結晶や分子のキラリティ

我々は、このようなキラル分子を結晶化によって右手型と左手型に分離する研究を行っています。中でも、不要なエナンチオマーを所望のエナンチオマーに変換しつつ分離する手法である「デラセミ化」に注力しています。デラセミ化を利用すれば、ラセミ体を出発原料として、高い光学純度をもつエナンチオマーをつくることができます。不要なエナンチオマーを廃棄することなく利用できるため、効率的に原料を使うことができ、エネルギーや資源の節約にもつながる研究です。

デラセミ化の研究における我々の強みは、キラル分子の状態相図を構築し、デラセミ化を適用できないとされてきた分子にデラセミ化を適用する手法を開発できることです。キラル分子はその集積様式からラセミ化合物、コングロメレート(ラセミ混合物)、固溶体に分類されますが、コングロメレートのみにデラセミ化を適用できます。キラル分子の90%以上はラセミ化合物を形成するため、ほとんどの場合、デラセミ化を適用することができません。相図は分子がどんな条件でどんな集積構造を取るのかを示した地図のようなもので、分子の熱力学的性質を可視化するができ、コングロメレートを形成する条件を見つけることができます。

図4は、化合物が、室温、メタノール-水混合溶液中においてラセミ化合物が安定形として析出するため、そのままではデラセミ化を適用することはできない例です。しかし、相図を構築することにより、34度以上でコングロメレートが安定形となることを明らかにできました。実際に、34度以上での条件でデラセミ化を行うと、コングロメレートのみが析出し、97%eeの結晶を得ることに成功しました。(Chem. Eur. J. 2019, 25, 13890-13898)

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図4.軸性キラル化合物と混合溶媒の相図とデラセミ化への適用

地図を描いて新しい土地への道を切り拓くように、相図を構築することによって、高い光学純度をもつエナンチオマーへのアクセスを拓く研究を進めています。

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